【大奥2024】 エンタメとして必要な“脚本のポイント”

フジテレビ系2024冬木曜劇場「大奥」についての分析である。後半に向けて一定程度のTVer視聴回数の伸びなどは見せたが、それを加味しても作品としてはもっとよく伸びる素地があり、微妙に伸び損ねたと思われる。また作品としてはエンタメに忠実なジャンルだった。そのため、今回はそうしたエンタメの技術の話から色々考えてみたいと思う。

前提として、「大奥」にはノーマル大奥と男女逆転大奥の2種類があるのだが、今回は前者である。自分自身はフジの以前の「大奥」を見ているわけではない。

 

メインの話ではないので先に書いておくが、古語の使い方が少し変に感じたのは自分だろうか。「効果的」(だったかな?)とか出てきて、〜的って江戸時代からあるのか? というのが気になったり、あとは猿吉が「知らぬけど」とか言い出し、ここ江戸だろ?とか思った。まあ詳しいことはわからないのでこの辺にしておく。

 

葛藤を見る

まずは主人公、倫子の葛藤から見ていこう(話数は大体です)。

まだ2回目の記事なので丁寧に書いておくが、葛藤とは主人公の究極の目的と、それを妨げる障害から構成され、貫通した行動の形で現れる。葛藤は><と言う記号で表現される。この葛藤の方向を押さえておくことが、脚本を分析する上で、あるいは自分で書くうえでも重要である。

1〜2話 大奥から逃げ出したい><・大奥という監獄

                 ・謎のしきたり

                 ・女房たちの妨害

3〜4話 家治と心を通じ合いたい、愛されたい><

・分からない家治の本心

 ・勝手に増える側室

5話 後述

6〜7話 子供が欲しい><

・子供ができない(不道徳な)自分

→子供ができない自分には価値がない

妨害工作

序盤の嫌がらせが露骨だみたいな意見もあるようだが、主人公に障害を与えどう超えさせるかでメインの軸を形作っていると考えれば、自分はそう悪くはないと思う。

 

でポイントは、このように全体が一つの究極目的で貫通されているわけではなく、倫子が随時環境に応じて価値軸を変えながら進行している点にある。変えさせたのは周りの環境変化である。

小道具

心情、心の拠り所で忠実に小道具を用いていたのはいい傾向だと感じた。具体的には方位磁針、2〜3話の2羽のとんぼ(特に家治がお知保の前でとんぼを見て思い留まるシーンはよくできていたと思う)、中盤の田沼の扇子など。

1話

ここで1話の価値の+/―の向きを考えたい。

+/―は例えば親密/孤独、真実/嘘といった物語内で中核となる価値を表す。シーンではこの+/―を繰り返し、全体として+になるか―になるかで見どころを作っている、と技術書で言われている。今回は1話全体が倫子の+/―で貫かれているので、それを確認していきたい。

 

最初倫子は慣れ親しんだ朝廷を離れることを不安に思っている(―)。しかし一旦は覚悟を決め江戸に行く(0)。大奥のよくわからないしきたりや、お品監禁など怖い出来事が続き、ますます大奥から逃れたくなるが、できない(――)。そんな中、倫子は思い出の方位磁針や思い出を頼りに心を保つ(多少改善してー)。最終的に朝廷の久我から手紙が来て、自分の心の拠り所を失うが(―――)、家治はその手紙を破いて見せないようにとした(ということに後で気づいた)(改善して―)。そして倫子は、大奥で生きていくこととなる(0)。

なんとなく、―ばかりではないだろうか。例えば、最初に倫子は憧れの江戸に行けることを+に思っていたりしたら、記号的には綺麗にはまるので、検討の価値はあったと思う。

 

5話

5話は、ここまでサプライズ型展開だったのが初めてサスペンス型展開に変化した回だった。

例え話で解説しておくと、教室の前で喋っていた先生が突然爆弾を取り出して、視聴者も一緒に驚くのがサプライズ。カメラを回して先生が後ろに爆弾を持っているのが見えるが、生徒は気づいていない。大丈夫だろうか、と心配するのがサスペンス。サプライズよりもサスペンスの方が、長期的な視聴者の引き込みには優れているというのが定説ではある。

今回で言うと、田沼が持っていた秘密(家治は将軍家ではない)が視聴者に触れたことで、田沼が家治を脅しているとわかるのがサスペンスの1つ。そして、倫子を帰らせようとしているのが田沼らの策略だというのを視聴者が知っているのがもう1つのサスペンス。

すなわち視聴者には、倫子が大奥を辞めないことが正解として固定されている。ということを抑えると、5話後半で、倫子が逃げれるか逃げれないかで見せ場を引っぱろうとしているのは疑問符がつく。問題は倫子の選択、策略に気づけるか、(結果的に)引っかからないかであって、そこに向かうトリックなど視聴者にとっては問題ではなく、それでは盛り上がらないのだ。という点が非常に気になった。

また、この大奥に残るか京都に戻るかという葛藤の向きは1話でも掘っており、ほとんど同じサイズの同じ葛藤を2回使い回すのも盛り上がりに欠けるなと感じた。

これらを一挙に解決する方法がある。家治目線にしてしまうことだ。するとこうなる。

最近倫子と心が通じ合い、安心感を得られるようになってきた家治。しかし朝廷側から久我が来て、帰るよう諭し、“なぜか”倫子は帰る方に心が傾き始め、溝が生まれる。そして田沼からも脅しを受け続け、将軍という孤独な職業の中で一人葛藤する。そして夜になり、倫子は脱走しようとする、家治は不穏さを感じ取って探すが、お知保が現れて妨害し、ここで葛藤が最高潮になる。で結局倫子は脱走を辞め、帰ってきて、話し、その後の円満につながる。

どうだろう。これならば先ほど述べた課題が片付いたはずだ。

例えば同枠で過去にヒットした「Silent」では、1話は再会するインパクトを最大化するために紬に視点を持たせ、続いて2話はその空いた話の部分を埋めるために想に視点をコンバート、とやっていた。恋愛はやはり2人の気持ちであるから、こうした相互的な視点を持たせた方が伝わりやすく、より面白いのではないか。後半でお品やお知保の葛藤も入れ込んでいただけに、なぜこの回だけ家治に視点を転換できなかったかに疑問が残る。

クライマックスの上がり方

ここからは10〜11話での上がり方を見ていきたい。最終回前のラストで話が一番(最終回よりも)盛り上がると言うのが、エンタメ脚本の“暗黙のお約束”で、腕の見せ所である。最終回で田沼と定信の敵役が2人いるというのはあり得ないので、ここで田沼を潰しておいたわけだ。

ただ、家治に似た歌舞伎役者を定信がたまたまこのタイミングで見つけたという設定はあまり’美味しくない’。むしろ、前から定信は知っていて、このタイミングで田沼を下ろすために倫子にリークした、と描いた方がすっきりするし、定信の凶悪性が際立って良かったのではないかと思う。

また気になるのは、最後に向けて倫子の貫通行動、究極目的が見えないことだ。つまり倫子が困難の中で何をすれば良いのか、それが見えず、視聴者は心情移入しづらい。定信と倫子が会うシーンが11話中盤にあるが、これをもっと早く、9話か10話に持って来れば、倫子が定信を恨む貫通行動になって見やすくなったのではないかと思う。

といっているが、エンタメで皆を納得させるラストを作るのは相当難しい。

あと11話ラストで出てくる桜の花は、昔7話あたりで家治が墓に植えた花が(物理的には別物だが)大きくなり、今の世の中を支えているという表現であるという点は、気付きにくそうなので付記しておく。

なぜ今日作るのか

全体を通して気になることとしては、なぜこの「大奥」を今日作るのかという点がはっきり見えない点である。

フジとしては65周年に伝統のある作品を作りたいとかそんな感じなのだろうが、そんなことではない。共働き世帯増加や晩婚化が進む現代日本で、将軍に愛されようとし権力争いをし子供を産む大奥という空間が、何を伝えられるのか。家治の教育を重視し海外に目を向け、脅しに屈しないという姿勢が、現代の何に繋がり、何を応援するのか。そのような「なぜ今作るのか」、業界で今日性と呼ばれるやつである。

例えば「MIU404」(TBS系,2020)では最終回で東京オリンピックや3.11の話を始め、志摩・伊吹とクズミの対決を日本全体の話まで押し広げた。今作の脚本も、最終回で現代に何が通じるのか話してみるだけでも、最後の盛り上がりは大きく変わったと思われる。

まとめ

今回全体的に批判的な文章になってしまった。若者のドラマ離れ、なんてことが言われて久しいが、人々の日常の延長線上にあるその需要は究極的に無くなることはないはずである。確かに前作大奥を知っている人と初見の人と両方を相手にするには、なかなか苦労が必要だったとは推測される。しかし、このような言い訳をしていても前には進まない。前述したような葛藤の向き、あるいは今日性といった技術を徹底し、現代の人々を納得、共感させる名作品ができれば、外国とも十分渡り合っていけると思うのだが、どうであろうか。